灯火が鳴らす電話の音

とある森の中に、魔法使いの女の子と、白い大きな犬が仲良く暮らしていた。

女の子の名前はハーキマー。

今暮らしているのは、大きな木の上に絶妙なバランスで建つ小さな家。ハーキマーが魔法で創り出したものだった。意外と家の中は広く、少し大きめのベッドまで備え付けられていた。

白い犬の名前はアベンチュリ。

アベンチュリは、皆の運命が記された「アカシックレコード」と呼ばれる本を守る精霊で、人々の過去や未来を知ることが出来た。

今日は生憎の雨。

アベンチュリは、湿気が心地好く漂う家の中で、響く雨音をBGMに、自分の前足を枕にしてウトウトしている。そんな時、窓から外をボンヤリ眺めていたハーキマーが悲鳴をあげた。

「うわ!足!足が歩いてる!」

「足は歩くものです」

「違うんだ!足だけなんだ!上半身がない!」

「ええ~それは大変~」

アベンチュリは顔を上げることもなく、適当な返事をする。

「うわ!走ってる!こっちに来る!怖い怖い怖い怖い、鍵!早く鍵を閉めないと!」

ハーキマーは慌てて玄関の方へ向かった。

「幽霊が怖い魔法使いなんて聞いたことないですよ」

「いや魔法が使えても怖いものは怖い…って、あれ?どこ行った!?見失った!うわうわうわ、こういうのってさ、ほらあの黒い虫と一緒で見失うとめちゃくちゃ怖いやつだよ!あああ鍵なんてアベンチュリに任せれば良かった!」

「虫も怖いんですか?よくそれで森の中に家建てましたね」

「この家には特別な魔法を施してあるからな。虫はいっっさい寄り付かないんだ。すごいだろ!」

「幽霊も寄り付かないようにすれば良かったのに~」

「いやまさか幽霊なんて来ると思わな…」

ジリリリリリリリリリッッッ!!

その時、家の中にある電話が大きな音を立てた。

「いやいやいやいや、ちょっと待って?あれただの置物だよ?飾りだよ?契約なんてしてるはずないでしょ?だって魔法使いの家だもん!え、どうして鳴るの!?」

「そんなこと私に聞かれても~…とりあえず出たら良いのでは?しつこく鳴ってるし」

「いやいやいやいや、こんなの出てもロクなことないよ!アベンチュリ出てよ!」

「え~だって私…犬ですし…ほら、こんな可愛い肉球では受話器、持てません」

ハーキマーは、仕方無く渋々自分で受話器を取った。

「も…もしもし…」

「もしもし…私…いまドアの前にいるの…あけて…」

「いやいやいや、待って、ねぇ待って?そりゃいきなり後ろに立たれるのも嫌だよ?でもさぁだからってなんでわざわざ電話で確認とるの?はいどうぞお上がり下さいなんて言うとでも思ってるの?二度とかけてこないで!」

ハーキマーは受話器をガチャンと置き”次の粗大ゴミの日に捨ててやる!”と電話機に向かって怒鳴った。

大人げないなぁと、アベンチュリが溜め息をついたその時。

「ハーキマー!せ、背中!」

「え、何?」

アベンチュリの言葉に鏡の前まで行きくるりと後ろを向くと、ハーキマーの背中に腕がべったりとくっついていた。

「うわうわ!腕!もうやだ腕!離れて!なんで勝手に入ってくるんだよ!電話の意味!アベンチュリ~!」

ハーキマーが涙目で訴える。

アベンチュリは深く溜め息をついた後、小さな声で呪文を唱えた。すると、アベンチュリの首輪に付いていた本のモチーフが静かに浮かび上がり、3D映画のような映像を映し出した。

幽霊の過去だった。

「正体が分かれば怖くないでしょう?」

アベンチュリの言葉に激しくうなずくハーキマー。背中にくっついていた腕も、興味があるのか、ハーキマーから離れて映像の前でフヨフヨと浮遊している。魔法使いの女の子、白い大きな犬、そして腕。何とも奇妙な組み合わせで映像に目を向けた。

映像では4人連れの家族が楽しそうに河原でバーベキューをしている。父親、母親、中学生ぐらいの姉、小学生ぐらいの弟の4人家族。

だが、穏やかな時間も束の間だった。

父親と母親が席を離した瞬間、弟がかぶっていた帽子が飛ばされて川に落ちた。

姉だと思われる女の子が、帽子を追い掛けて川沿いを走り出した。

「行ったらダメ!」

急にどこからともなく声が聞こえた。

声の方にハーキマーとアベンチュリが振り向くと、ハーキマーから離れた腕から、じわじわと身体が実体化し、ゆっくり女の子の形になった。映像に出てきた女の子だった。

女の子は、完全体になった自分の身体を、不思議そうにジロジロ眺めている。

映像は早送りのようにどんどん進んでいき、女の子はあっという間に川の流れに飲み込まれ見えなくなってしまった。


「…どうして川に入ったんだ」

「弟の帽子…あれ、あの子のお気に入りだったの。それに私、泳ぐの得意だから大丈夫だと思って…」

「川での事故は、泳ぎが上手いとか下手とか関係ありません。学校のプールと違って流れがありますから。たとえ水の深さが膝ぐらいまでしかなくても、流れが速いと立っていることさえ難しかったりするんです」

「それに、海は塩分を含んでいるから身体が浮きやすいが、川の水は空気が多いから、浮きにくいんだ」

二人の言葉に、女の子が悲しそうに項垂れ、大きな声で泣いた。

女の子が泣き止む頃、ハーキマーが優しく声をかけた。

「…何か飲むか?」

幽霊を怖がっていたハーキマーも、事情を知ったおかげか、すっかり冷静さを取り戻している。手際よく、冷蔵庫から取り出したミルクを鍋で温めたあと、ひとかけらのチョコレートを入れ、ゆっくりとかき混ぜた。

アベンチュリはハーキマーのこの動作が大好きで、いつも、魔法をかけているように見えていた。そう思ってしまうぐらい、ハーキマーが淹れるミルクは美味しかった。



幽霊でも、ミルクは飲めるらしい。

女の子がミルクを口に運ぶ度、甘い香りが家中に優しく広がる。

「お前、名前は?どうしてこんな森の中に来たんだ?」

「何も…覚えてないの。気が付いたらここにいて。とにかく私は死んじゃったんだ、ってことだけ分かったよ」

「成仏しないってことは、心残りでもあるのでしょうか?」

アベンチュリの言葉に、女の子は色々思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。

アベンチュリとハーキマーは、少しの間、様子を見ることにしたが、何日たっても女の子は、自分の名前も、そして何を心残りに思っているのかも、全く思い出せなかった。

いつの間にかこの家に慣れ親しみ、アベンチュリと楽しそうに遊ぶ名前も知らない女の子。

ハーキマーが淹れるホットミルクを、美味しそうに飲む女の子。

普通の人間と何も変わらない。

このままで良いのだろうかと悩んだハーキマーは、女の子が眠った後、アベンチュリにある提案をした。

「なぁ、アベンチュリ。ひとつ思い付いたんだが…あの子の未来を見てみないか?」

「未来、ですか?でも…既に亡くなっている人間の未来って…見れるものなんでしょうか?」

「分からないが、でもこのまま何もせず過ごしていても、あの子は成仏出来ない気がするんだ」

「確かに…そうですね。上手くいくかは分かりませんが、イチかバチかやってみましょう!」

アベンチュリが即座に呪文を唱える。

首輪に付いた本のモチーフが映し出したのは、とある病院の映像だった。

窓際のベッドに横たわるのは、確かに、今、家にいる女の子だった。

「…病院か。あ、名前!ほら、ベッドのところ!」

「野村…なんて読むのでしょう?」

「ホノカ、だよ」

ふいに後ろで声がした。振り向くと、女の子が立っていた。

「灯りに香るって書いてホノカ。皆の心に優しい灯りをともす、そんな子に育ってほしいって願ってつけたんだ、ってお母さんがよく言ってた」

「思い出したんだな。ホノカ…か。良い名前だ」

「でも…私はお母さんやお父さんの灯りにはなれなかった。もう私は、皆を悲しませることしか出来ない」

ホノカは悲しそうにうつむき涙を流した。

 その時、ずっと映像を見ていたアベンチュリが声をかけた。

「あの~私たち、とんだ勘違いをしてたっぽいです」

「勘違い…とは?」

アベンチュリの言葉に、ハーキマーとホノカが顔を上げる。

「ホノカさん…生きてますね」

「ええ!?どういうことだ?」

「この映像をよく見て下さい。病院のベッドで寝ているのは間違いなくホノカさんです。でもほら、ホノカさんに繋がれている横の心電図、動いてません?」

「ほんとだ…」

「じゃあ、心残りがあって成仏出来ないんじゃなくて、ホノカは幽体離脱しているってことか!」

よし、行こう、と言ってハーキマーは勢いよく立ち上がった。

名前さえ分かれば、今の時代、ある程度の情報なら素人でも調べられる。

ハーキマーは、ホノカの名前から事故が起こった川を見付け出し、その近くの病院を片っ端からあたった。そして四軒目でようやく、ホノカが搬送された病院を特定することが出来たのだった。ホノカの病室は一階で、中庭から中の様子を伺うことが出来た。

「さぁ、お母さんやお父さんの元に帰るんだ」

「でも…どうすれば自分の身体に戻れるの?」

「私が魔法で助けてやるから大丈夫だ」

ハーキマーはそう言うと、小さな声で呪文を唱えた。すると、ホノカの身体はどんどん薄れてゆき、最後には小さな灯火となった。

灯火となったホノカは「ありがとう」とお礼を言うと、病室の閉めきった窓をすり抜け、ベッドに横たわる自身の身体にすぅっと入った。

ホノカの指がピクリと動いた。

「…ホノカ?ねぇ、あなた、今ホノカの指が動いたの!先生を…先生を呼んできて!早く!」

そばで手を握っていた母親と思われる女性が、向かい側に座る男性に向かって叫んだ。

向かい側に座る父親と思われる男性は、慌てて病室を飛び出した。


「ホノカさん、意識を取り戻して良かった」

帰り道、アベンチュリが嬉しそうにシッポをパタパタさせた。

「そうだな。あのまま生きていることに気付かずのんびり過ごしていたら、本当に幽霊になっていただろうな」

「そういえば…あの電話、本当に捨てるんですか?明日は、待ちに待った粗大ゴミの日ですが」

「ほんとだ!そうだった!そりゃあ勿論!怖いからな!アベンチュリ、ゴミ袋買って帰るぞー!」




その頃、二人の家では、鳴らないはずのあの電話が、大きな音を響かせていた。

…まるで誰かを呼ぶように。

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