棚引く紫を纏う夕凪

「知人から聞いたんです、今ここに来たら会えるよ、って!わぁ~感動だなぁ、嬉しい!是非、私の未来を見せてほしいです!」

アベンチュリとトオルは顔を見合わせた。




沢山の人が押し掛けてくるんじゃないか。

アベンチュリの能力を知った当初、トオルはそんな風に考えていたが、実際のところ訪ねてくる者は今日まで一人もいなかった。

なんでも、”術のようなものが作用しているから、噂も広まらないし滅多なことでは見付からない”らしく、都合の良い設定なんだな、などとアベンチュリと話した日のことを思い出す。

それなのに、一日のうちに二人も依頼者が来るなんて。アベンチュリも同じことを考えているのか、かなり険しい顔で女性を見ている。

ひとまずベンチに腰掛けてもらい、先程と同じように、未来を見るのは諦めてほしいと必死で説得したが、この人もさっきの女性同様に、結局は未来を見ることを選んだのだった。

浮かび上がる映像に重たい気持ちで顔を向けたトオルは、自分の目を疑った。

「あ…れ?この男の人…さっきの人じゃない?」

映像の中で楽しそうに女性とデートをする男性に、トオルは見覚えがあった。

つい先刻の、あの女性に忘れ去られてしまった男性がそこには映し出されていたのだ。

「…そうですね。さっきの映像に出てきた男性と同一人物ですね」

「え、じゃあ、この男の人は、本当はこの人の恋人?え、でもさっきの人もお付き合いしてる人って…え?どういうことだ?」

「そのうち分かりますよ」

アベンチュリは心底嫌そうに淡々と呟いた。

その後、引き換えに選ばれた記憶をアベンチュリが取り出したのだが、この女性もまた、選ばれた記憶は恋人である男性との思い出だった。

「結局…あの人も男性のことを忘れてしまったから、なんだかサッパリした感じで帰って行ったな。本当にこれで良かったのかな…。あの男の人…立て続けに自分のことを忘れられてしまうなんて…辛い日にさせてしまったな…」

「…あの男は、そんなこと気にもとめませんよ」

「アベンチュリ?知り合いなのか?」

アベンチュリは、いつの間にか雨がやんだ空を見上げた。灰色の雲が停滞していて、またいつ降りだしてもおかしくない。

家に帰る道を急ぎ足で歩き出したアベンチュリを、トオルも慌てて追い掛けた。

「あれは…あの男は、皇帝を司る石の精霊…ムラサキという者です」

「はあ?精霊なの!?普通に人間として暮らしているってことか?」

トオルは男性の思わぬ正体に驚き、つまずいてコケそうになる。傘を持っていて良かった。

「そうです。ほら、ハーキマーだって女の子の姿をしていたでしょう」

「でもハーキマーは、見える人間が限られているような感じだったが…」

「あれは、彼女が意図的にそうしていたんです。私だって今は犬ですが、誰にでも見えますし、人間の形だって取れます。人に見えないようにすることも出来ますよ」

「そうなのか…って、ちょっと待て。おい、それってさあ、先月、隣駅の小学校に行った時、ぬいぐるみのフリをしなくても電車乗れたんじゃないのか?僕が恥ずかしい思いをしなくても良かったんじゃないかー!」

先月、トオルとアベンチュリは、とある女性に会う為、隣駅の小学校まで出かけていた。

電車というものに乗ってみたい、というアベンチュリの願いを叶える為に、トオルは、大きな犬のぬいぐるみを抱えた風を装って電車に乗るという恥ずかしい思いをしたばかりだった。

「過ぎ去ったことをクヨクヨしていても仕方ありません。そんなことよりも、今は、ムラサキをどうするか…ですね」

「どうするか、って言っても…二人とも忘れてしまったから、何も出来ないんじゃないか?」

「いつの時代の皇帝気取りなのか知りませんが、恐らくムラサキの周りには他に何人もの被害者がいるはずです。…いつもそうですから」

被害者、という表現が恋人をさしているのであろうことは、トオルにもすぐにピンときた。

大袈裟な言い方から、どれだけアベンチュリがムラサキを嫌悪しているのか伝わってくる。

「女性はそういうことに敏感ですから、お二人とも、自分以外の恋人の存在に、きっと気が付いていたでしょうね。でもムラサキを問いただす勇気は無かった。関係が壊れてしまうことを恐れたのかもしれません。満たされない、行き場の無い想いがそうさせたのか、二人とも手首に自分を傷付けた痕がありました」

「あぁ、だから…こんな暑いのに長袖だったのか。でも、映像はずっと幸せそうだったぞ?」

「確かに幸せそうではありましたが、所詮は人間と精霊。当たり前ですが家族になることは出来ません。映像でも、どこまでいっても恋人同士のまま、でした。ムラサキはそれを二人に見せたかったのかもしれない」

アベンチュリは小さく溜め息をついた。

「私のことを二人に教えた”知人”というのは恐らくムラサキのことでしょう」

「あぁ、確かに、それで二人がアベンチュリのもとにたどり着けた可能性は高いよな。だって、術みたいなものが施されているんだろ?それなのに一日に二人も来るなんて、偶然にしては出来すぎてるもんな」

トオルは納得したように頷いた。

「偶然が 2 回続くと、それはもう人為的に引き起こされたものである可能性が高くなります。2 回起こったといえばもうひとつ」

「選ばれた記憶、か」

相手が忘れてくれれば、後腐れなく別れることが出来る。ムラサキはそれを見越して、アベンチュリのことを教えたのだろうか。

あまりにも卑怯な手段だとトオルは思った。

「差し出す記憶は選べないはずなのですが…自分を忘れる確率に賭けたのか、それとも…」

アベンチュリは少し考えた後、覚悟を決めた様子でトオルを見上げた。

「ムラサキに直接会ってみましょうか。無駄足に終わる可能性も高いですが…」

「アベンチュリは、そのムラサキってやつがどこにいるか、知っているのか?」

「そこはトオルさんの魔力を使いましょう!ハーキマーの石があれば簡単に見付かると思います。精霊同士は惹かれやすいですから」

話が終わる頃、家の前に着いたトオルは、アベンチュリに外で待つよう告げ、部屋の机の引き出しにしまっていた、魔術師の精霊であるハーキマーが眠る石を取り出した。

リビングの方を覗くと、鈴子はまだ眠っているようだった。疲れているのだろうか。最近眠っている時間が長い気がする。

薄いタオルケットを体にかけ、「出掛けてくる」と置き手紙を残し、静かに家を出た。

石を握っていた手を開くと、海の碧さを宿した石の表面が、紫がかった怪しげな色に変わり、コンパスのような金色の図柄が映し出された。

なんとも便利な機能だ。

早速二人は、ハーキマーの石が示す方角へ向かってみることにした。

渋滞する道路を脇目に 40 分ほど歩いたところで、金色のコンパスの針がぐるぐると回り出し、やがて図柄は消えた。

辺りを見渡してみると、おもむきのある落ち着いたカフェの窓際の席で、パソコンを開く一際目立った男性を見付けた。

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