雲になったお父さん

昔々、森の中に魔法使いの小さな女の子と、白い大きな犬が仲良く暮らしていました。

女の子の名前はハーキマー。

魔法が使えるので、ある程度のことなら何でも自分で出来ます。

白い犬の名前はアベンチュリ。

アベンチュリの首輪には綺麗な羽根と本の飾りがついていて、その本はみんなの運命が記録されている、不思議な本でした。

そんな二人のもとに、ある日、空にただよう真っ白で大きな雲がやってきて、空の上から話しかけました。

「こちらの方角に、未来を教えてくれる者がいるって聞いて流れてきたんだ。僕の未来を教えてくれませんか?」

アベンチュリの本には、昔のことも今のことも、そしてこれから起こる未来のことも全て記録されていました。

「どうして未来を知りたいのですか?」

アベンチュリは空にただよう雲に問いました。

「僕は少し前まで人間だったんだ。それなのに、妻とひとりの子供を残して雲になってしまった。二人を笑顔にしてあげたいのに、雲である僕は雨を降らせることぐらいしか出来ない。早く人間に生まれ変わって、二人のそばへ戻りたいんだ」

アベンチュリは、雲に未来を見せてあげることにしました。

アベンチュリが呪文のようなものを唱えると、首輪についていた本の飾りが浮かび上がり、映像を映し出しました。

雲の未来でした。

真っ白な雲はしばらくのあと雨になり、地上に降り注ぎました。

そして地面を濡らす水となった雲は、太陽に温められて水蒸気になり、綺麗な氷のつぶになりました。

そしてゆっくりその氷のつぶが集まり、また大きな雲になりました。

1年後、2年後、3年後。

沢山の未来を三人で一緒に見ましたが、いつまでたっても雲は雲のままでした。

自分の未来を知った真っ白な雲は、大きな声で泣きました。

涙は自分を溶かし大雨となり、雲は消えてしまいました。

アベンチュリとハーキマーは、雨となり消えた雲を探しました。

雲は雨となり流れ、蒸発して雲の姿になるたび、人間に戻れないことを思い出し、大きな声で泣いてまた雨になりました。

かわいそうに思ったハーキマーは、雲にとある魔法をかけてあげることを思いつきました。

「人間に生まれ変わる方法がひとつだけある」

ハーキマーの言葉に、真っ白な雲は目を輝かせます。

「なんだい?教えてくれ!」

「それは、”人間を1万回笑顔にすること”だ」

ハーキマーの言葉に、雲はガックリと肩を落としました。

「笑顔に…なんて無理だよ。僕は雲だ。この大きな体は太陽を隠し、雨を降らせることしか出来ない」

「雨がなければ作物や、この森の木々だって育たないんだぞ?でも、雨を降らせる以外に、もうひとつ雲に出来ることがある」

「…なんだい?」

真っ白な雲がポカンとしていると、ハーキマーは何やらブツブツと唱え出しました。

すると、あっという間に雲は優しい光に包まれました。

光が落ち着き雲はゆっくりと目を開きましたが、何が変わったのか、雲には分かりません。

「よし。じゃあお前の子供が好きな食べ物は何だ?」

ハーキマーの問いかけに、雲はすかさず答えます。

「ソフトクリームだよ!バニラのソフトクリームが大好きな子で、近所のお店で買って、一緒に食べながら帰るのがいつも楽しみだったんだ。僕もソフトクリームが大好きなんだ」

「そうか。よし!じゃあ、そのソフトクリームを思い浮かべてみるんだ!」

「え?えーっと、こうか?」

雲が目を閉じて、人間だった頃に子供と一緒に食べた美味しいソフトクリームを思い浮かべると、みるみるうちに雲がソフトクリームのような形に変身しました。

「うわあー!ソフトクリームだあ!美味しそうですねえ」

ハーキマーと雲のやり取りを横で見ていたアベンチュリが、嬉しそうにしっぽをパタパタさせました。

「すごい!僕にこんなことが出来るなんて!よし、もっと色んな形になってみよう。ハーキマー、君は何が好きだい?」

「そうだなあ、私は猫が好きだ!」

「ほおお、犬の私の前でよく言いましたねえ」

「え!いや!ちが!ほら、犬の次に猫が好きなんだ!ほんとは犬が一番好きだ!」

アベンチュリとハーキマーのやり取りに大笑いした真っ白な雲は、うーん、うーん、と言いながら体をモジモジさせました。

少し時間はかかりましたが、最後にはどこからどう見てもかわいらしい猫に見える雲に変身できました。

「わああ、すごい!こんな可愛い雲をお空に見付けたら、きっとみんな笑顔になりますね!」

「そうだね!ああ、早く子供に見せたいよ!じゃあ次はアベンチュリ、君は何が好きなんだい?僕がどんな形にでもなってみせるよ!」

「そうですねえ、私は唐揚げが好きです!」

「おい、アベンチュリ。唐揚げの形をした雲なんて、分かりづらすぎるだろ!」

三人は大きな声で笑いました。

そして次の日。

いっぱい練習をした真っ白な雲は、人間だった頃に住んでいた町のあたりまで流れ、自分の子供と奥さんが歩いているのを見付けると、子供が大好きだったソフトクリームの形に変身してみました。

「…うわあ!ママ、ねえ見て?お空にソフトクリームがあるよ!ほら、あそこ!あの雲!ソフトクリームに見えるー!」

子どもの言葉に、隣で手をつないで歩いていた奥さんも空を見上げました。

空を見上げたのは、雲になった旦那さんが亡くなって以来、初めてのことでした。

「わあ…ほんとだ。ソフトクリームみたいだね。…パパが大好きだったソフトクリーム、買って帰ろうか」

二人は笑顔で帰っていきました。

雲が二人の笑顔を見たのは久しぶりでした。

それから毎日、子供とお母さんは空を見上げるようになりました。

お父さんだった雲は、二人が喜んでくれるよう、毎日、毎日、色んな形に変身しました。

奥さんと子供は、空を見るために、外に出ることが増えていきました。

そして、面白い形をした雲を見付ける度に、二人は笑顔になりました。

上を向くことが多くなった奥さんと子供は、少しずつ、元気を取り戻していきました。

「今…何回目ぐらいでしょう」

空を見上げたアベンチュリが呟きました。

人間を一万回笑顔にする。

途方もない回数のように思えますが、あのお父さんなら、きっとたくさんの人を笑顔に出来るだろうと、アベンチュリは思いました。

アベンチュリとハーキマーもまた、空を見上げるたびに、不思議な形をした雲を探すようになりました。

今日も空には、優しさにあふれた雲がただよっています。(おわり)

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